大判例

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大阪高等裁判所 平成9年(う)505号 判決

国籍

韓国

住居

滋賀県草津市渋川二丁目七番二〇号

パチンコ店経営

松原政夫こと張一竜

一九二三年二月二八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成九年三月五日大津地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官青木捷一郎出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐々木寛作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官青木捷一郎作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意のうち、訴訟手続の法令違反の主張について

所論は、要するに、原判決が原判示第二及び第三の各事実について認定に用いた岡田ノート、アウトプットデータ等は、その押収手続に違法があり、違法収集証拠であるから、いずれも証拠能力がない、したがって、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、原判決が(弁護人の主張に対する判断)の第二で説示するところは、当裁判所もこれをおおむね正当として是認することができるから、原判決には所論指摘のような訴訟手続の法令違反は認められない。以下、所論にかんがみ説明を付加する。

所論は、岡田ノート、アウトプットデータ等は、大阪国税局資料調査課が松原商事株式会社の税務調査の際に持ち帰ったものであるところ、右調査は相手方の同意もなく行われたもので違法である、同国税局査察部による本件強制捜査は、資料調査課が違法に収集した右資料に基づき臨検捜索差押の令状発付を得て行われており、しかも、右資料が査察部に押収された過程には不明瞭なところがあり、岡田ノート等の押収は違法というべきである、と主張する。

関係証拠によると、大阪国税局査察部による本件強制捜査は、右査察部が、平成五年五月一二日、大阪地方裁判所に対し、臨検捜索差押許可状の請求をし、同許可状の発付を得て、翌一三日に行われているところ、右請求の際の疎明資料の中には、同国税局課税第二部資料調査課が、右捜査に先立つ同年四月に行った松原商事株式会社に対する税務調査の際に収集した資料が含まれていることが認められる。そこで、右資料調査課が行った税務調査についてみると、関係証拠によると、当時、被告人が実質的な経営者であった松原商事の事務所は、被告人が個人経営していた原判示「平和会館」の二階事務室にあり、松原商事の経理は「平和会館」のそれと一緒に行っていたこと、右税務調査の際には、被告人や被告人の長男で松原商事の代表取締役である松原秀信こと張秀信らは不在であったが、「平和会館」の主任であった岡田勇が責任者として立ち会い、係官が資料を持ち帰るのを了承したことが認められるのであって、これらの事実に照らすと、松原商事の税務調査に際して「平和会館」の税務資料も一緒に収集されたことなどについて、所論が指摘するような、任意の調査の限界を超える違法な点があったとはにわかに断じ難いところがある。しかも、査察部の行う犯則調査と資料調査課の行う税務調査とは、本来、手続の目的、性格が異なる上、査察部と資料調査課は、同じ国税局内の組織であるとはいえ、独立していて、職務の性質上互いに意思疎通を図ることもないのであるから、査察部が資料調査課の資料入手に違法があることを認識しながらあえてその資料を利用したとか、資料調査課の違法な資料入手に査察部が関与したというような特別の事情でもない限り、税務調査における違法が直ちに犯則調査の違法になることはないと解するのが相当である。本件では、仮に資料調査課の資料入手に何らかの違法な点があったとしても、右のような特別の事情は証拠上認められないのであるから、査察部における令状請求ひいては強制調査は違法でないというべきである。なお、所論は、資料調査課が入手した資料が査察部に押収された過程には不明瞭なところがあるとするが、これに沿うかのごとき張秀信の原審証言は、他の関係証拠に照らしてにわかに措信し難く、本件押収過程に格別問題はないと認められる。したがって、所論は採用できない。

論旨は理由がない。

控訴趣意のうち、事実誤認の主張について

所論は、要するに、原審で認定した各年度の売上げ除外額については、いまだ立証不十分であり、実際はもっと少ない、したがって、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、原判示挙示の各証拠によれば、各年度の売上げ除外額の点を含め、原判示の各事実は優に認められ、原判決が(弁護人の主張に対する判断)の第一、第三、第四で認定説示するところは、当裁判所もこれを正当として是認することができるから、原判決には所論指摘の事実誤認は認められない。以下、所論にかんがみ説明を付加する。

所論は、原判決が平成三、四年分の売上げ除外額の認定根拠とする岡田ノートと称する手帳二冊(当庁平成九年押第九七号の10、11)は、その作成の目的・経過が不明であり、信用性がない、と主張する。

しかし、「平和会館」の主任として責任者の立場にあった岡田勇は、原審公判において、岡田ノートは、店の営業状況を把握するため、上司から、島金庫のコンピューターに記録されたパチンコ台とスロット台の売上金及び割数をそのまま書き写して記録した旨証言しており、岡田ノートの作成の目的・経過が不明であるなどとはいえない。また、岡田ノートの記載内容をみると、原判決が認定説示するように、公表帳簿である総勘定元帳(前同押号の2、3)の記載と比べてみると、スロット台の売上額についてはほぼ一致し、パチンコ台の売上額については、公表帳簿の記載から算出される金額は、岡田ノートの金額より概ね一日当たり、平成三年分では四〇万円、平成四年分では六〇万円といった一定額を控除した金額となっており、これと異なる記載となっているものについても、合理的で規則性のある決算調整によるものであったり、計算間違いや誤記、日付の混同であったりするものと解されること、関係者の供述等からその正確性が認められる、ファックス文書一二枚(前同押号の8、岡田らが一日の営業終了後島金庫のコンピューターに記録された売上額等を被告人方に宛てて送信した文書)やアウトプットデータ(前同押号の12ないし14、「サンドイッチ」と呼ばれる機械内のコンピューターが記録した売上額、割数を表示したもの)の記載内容とその対応する期間の数字が一致することなどが認められ、これらの事実に照らすと、岡田ノートは、一部概数の記載となっているものや記載が欠落しているものを除けば、正確性は担保されているといってよく、他に記載の正確性等を疑わせるような証拠もない以上、その信用性は十分あると認められる。

したがって、所論は採用することができない。

所論は、原判決は、平成二年分について、売上等集計表写し(前同押号の4ないし6)に基づいて売上金額を認定しているが、右集計表だけでは証明不十分である、同じ資料を用いながら、草津税務署の調査に基づく修正申告の金額と違うのはおかしいと、主張する。

しかし、売上等集計表写し(前同押号の4)は、被告人の妻松原康子こと金順及び張秀信の捜査官に対する各供述によれは、「平和会館」の真実の売上額を記帳したものであるというのであり、また、その記載内容をみると、原判決が認定説示するように、公表帳簿である総勘定元帳(前同押号の1)の記載と比べてみると、公表帳簿の記載から算出される金額は、右集計表の金額より概ね一日当たりスロット台の売上額については一〇万円、パチンコ台の売上額については一五万円といった一定額を控除した金額となっており、これと異なる記載となっているものについても、合理的で規則性のある決算調整によるものであったり、計算間違いや誤記であったりするものと解されること、関係者の供述等からその正確性が認められる、現金入出金ノート(前同押号の7)の記載内容とその対応する期間の数字が一致することなどが認められ、これらの事実に照らすと、右集計表は、その正確性が担保されているといってよく、他にこれを疑わせるような証拠もない以上、その信用性は十分あると認められる。したがって、これを基礎として原判決が算出したほ脱税額に誤りはない。なお、所論は、修正申告の額と異なることを問題視するが、税務署の行う税務調査に基づく金額と異なったからといって右判断を左右するものでないことは、原判決が述べるとおりである。

したがって、所論は採用することができない。

所論は、「平和会館」の売上げ除外分は被告人が実質経営する松原商事に流入しているところ、原判決が認定する売上げ除外額は、松原商事への資金の流入額と比べて多い、と主張する。

しかし、原判決が述べるように、松原商事の資金の流れを正確に把握するに足る証拠がないし、そもそも「平和会館」の売上げ除外金が全額松原商事に対する貸付金になっているとの確たる証拠もなく、所論は前提において失当というべきであり、採用の限りでない。

以上の次第であるから、論旨は理由がない。

なお、原判決の法令の適用中「刑法」とあるのは「平成七年法律第九一号による改正前の刑法」の誤記と認める。

よって、刑訴法三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田崎文夫 裁判官 久米喜三郎 裁判官 毛利晴光)

控訴趣意書

被告人 松原政夫こと

張一竜

右被告人に対する所得税法違反控訴事件についての控訴の趣意は次のとおりである。

平成九年七月一六日

右弁護人 佐々木寛

大阪高等裁判所 御中

原審は、売上除外額について、起訴状記載のとおりの認定をしているが、売上除外額は、それほど多額にならず、事実の誤認を行っており、かつ、売上除外額についての検察の立証は合理的な疑いを除くまでに立証されていないにもかかわらず原審は原判決のとおりの認定をしたものであり、事実の誤認であり、取消を免れない。

さらに、本件岡田ノート外の押収手続に違法があり違法に収拾した証拠を事実の認定に用いた違法がある。

本件事件の立証における問題点は次のとおりである。

第一に、「岡田ノート」などの押収方法の違法である。

第二に、平成二年分の売上額については、売上集計表(甲一三号証乃至一五号証)、平成三年分乃至同四年分については、所謂「岡田ノート」のみが、検察官の頼るべき証拠であり、それを補強する証拠に乏しいこと。

第三に、平成二年度については、草津税務署による税務調査が行われ、本件起訴に用いられたと全く同じ資料によって、草津税務署の指導のもとに修正申告がなされているということである。

第四に、本件査察は当然のことながら徹底的になされたが資産の増加はまったくなく、国税局においても、売上除外額は、松原商事株式会社の、資金不足のために、松原商事に流れていると判断しているが、松原商事の現金不足額と検察官が本件で主張する被告人の売上除外額に随分と差がある。

第一、岡田ノートやアウトプットデータの押収方法が違法であり、証拠能力はない。

一、本件の証拠に提出されている証拠は供述書を除けば、殆どが資料調査課が、本件強制捜査の前に持っていったものである。資料調査の調査は、岡田の証言や松原秀信の証言によっても、明らかであるように、松原商事株式会社の調査の際に資料調査課が持ち帰ったものであるが、その調査は、平和会館に従業員も誰もいないところで、始められていた。資料調査課の調査は任意の調査であり、当然、調査を受けるものの同意を得てはじめて可能なものである。しかしながら、本件に至っては、誰もいない平和会館に入り、実質的には捜索をして持ち帰ったものである。このような調査が許されるものではない。

資料調査課が持ち帰ったものが、査察における調査の資料となったことは、証人横山も認めているところである。つまり違法に収集された資料に基づき令状が発布されたのであるから、査察による強制捜査による押収も違法であると言わなければならない。

二、更に、資料調査課が持ち帰った資料がいつどのように、査察の手に渡ったのかも、本件においては、非常に不明瞭である。藤原の証言によれば、松原商事の事務所に資料調査からダンボールに入れた資料を持ってきてもらって、松原秀信に一旦返却して、査察がそれを押収したとのべる。しかしながら、押収品目録の記載を見ても新事務所としか記載されていないものが多数あり、どのような経過で押収されたかもはっきりしない。一方、松原秀信の証言によれば、自宅の方に、捜索の途中に、ダンボール箱を国税局の者と思われるものが持ってきた。そして、その中身を確認させられたことはなかったと述べる。その証言は詳細で、十分信用できるものである。そうすると、なにゆえ、藤原はそのような証言をしたのであろうか。

このように資料調査課の資料を査察が押収した過程も、本件においては、不明瞭なのである。

原判決は、資料調査課の調査と査察の捜査とは違い、例え資料調査課の調査に違法があったとしても、査察の令状請求及び捜索押収に違法は及ばないとする。しかしながら、国税局としては一体のものであり、権力作用の一貫として違法な資料の収拾がなされ、その資料を前提として、その資料を用いて令状請求をしているのであるから、当然、査察の令状請求及び捜索にも違法が及ぶと考えるべきである。そうしなければ、脱税調査において、資料調査課が窃盗及び住居侵入とも考えられる違法な調査をしても、その資料をもちいてなされる査察の令状請求等はまったく違法ではないということになってしまうからである。

従って、原審は違法な証拠を事実認定に用いた違法がある。

第二、本件は、被告人が経営するパチンコ店「平和会館」の売上を除外して、所得税を免れたとするものである。

検察官は、売上除外額を立証するため、岡田ノートの信用性について論述するが、岡田ノートについては、未だ、売上除外額について、十分信用することができない。

一、まず、岡田ノートは、作成経過が全く不明である。岡田は、上司に言われて売上額について記録を始めたと証言する。しかし、それがなんの目的で作成されたものなのか、全く不明である。売上額について、記録を作成するについて通常は当然なんらかの目的があってなされるものである。通常は売上管理や営業成績の把握のためになされるのであろう。しかしながら、岡田は売上管理や営業成績の管理をする立場にはなく、また上司である藤田にしても、そのような立場にはない。経営者は、毎日、コンピューターのデータを送らせているのであるから、そのようなノートを作成する必要は全くない。しかも、経営管理にそのノートが使われたことがないのは、岡田の証言によってもはっきりしている。記録というのは、なんらかの目的で作成され、その目的を考慮することによって、その信用性について判断できるのである。しかしながら、岡田ノートは、作成された目的もはっきりせず、また、それがなんらかの目的に使われた形跡も全くない。そのようなノートが信用できるはずもないのである。

二、また、岡田は、コンピューターのアウトプットデータを見て書き移したという。しかしながら、その記載は毎日なされるものでなく、メモに書いて、数日して書き移したものもあり、また、メモもとらずに記憶で書いたものもあると証言する。しかも、下一ケタまで記載したものについても、アウトプットデータに基づかずに記載したものもあると証言する。現実に、ノートに挟んであったメモについても、ノートの記載は違ったものになっている。このような岡田ノートが信用できるはずはない。また、一部アウトプットデータと一致したものもあるが、一部については、岡田のいうようにアウトプットデータを見て記載したものもあるのかもしれない。しかしながら、全部がそのようになされたものでないことは明らかである。

三、このように、作成された目的もわからず、作成された経過も判然としない岡田ノートは信用できない。

そうすると、検察官の主張する売上除外額の証拠は岡田ノートしかないのであるから、未だ立証されたとは言いがたい。

第三、平成二年度においては、草津税務署の調査がおこなわれ、修正申告がなされている。その際、草津税務署が使用した資料は、売上集計表であり、本件起訴の資料と全く同じものである。それは、売上集計表が草津税務署から押収されたことでも明らかである。しかも、本件起訴の資料と草津税務署で修正申告の資料とは全く同じものである。当然修正申告は、税務署の調査に基づき、税務署と協議した上でなされるものである。

同じ資料を用いながら、なにゆえこのように売上除外額がことなるのであろうか。たしかに、税務署の行う調査と、国税局の行う査察とは、その目的が違うとはいうものの、適正な納税という意味では、同じはずであり、税額についても同じはずである。本件においては、なにゆえ、草津税務署と国税局の税額及び売上除外額が異なったのかのなんらの説明もないのである。

第四、本件は、平和会館の売上を除外したというものであるが、その除外額については、松原商事に資金を流入させたというものである。被告人もそのように供述しているところであるが、査察の捜査においても、資産の増加は全く発見されず、国税局の見解においても、平和会館の売上除外額は、松原商事に流入したものと考えている。そうすれば、当然、松原商事の現金の流れをおえば、平和会館の売上除外額もおおよそ出て来ると考えられる。当然、国税局としてもそのような調査検討はしたものと考えられる。しかしながら、本件においては全く明らかにされていない。髭税理士の調査によれば、松原商事への資金流入額は、本件起訴の売上除外額と全く異なり、松原商事への流入額が起訴された売上除外額より、当然少ないものである。本来であれば貸借対照表と損益計算書は合致するものである。しかも、本件においては、財産の増加が全くなく、松原商事への資金の流入のみであるのであるから、本来、松原商事の資金の流れで、売上除外額もはっきりするはずである。

被告人の述べるように、本件においては、隠し資産などまったくないのであるから、松原商事の現金の流れを見る限り、売上除外額は、本件起訴された金額より少ないものと考えられる。

第五、本件は、平和会館をも一緒に法人とできなかったことから発生したものである。平和会館も松原商事の一店舗とすることができれば、本件脱税は発生しなかったと言うことができる。被告人の認識においては、松原商事の二店舗と平和会館がひとつの会計であるということであったため、本件事件となったものである。

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